皆様、初めまして。
本日からブログの執筆者として参加させて頂きます池田葵と申します。
私は現在、フィリピンで企業様向けに融資を行うB2Bレンディングカンパニーを経営しています。
これからフィリピンでのビジネスや法律関係について、執筆できればと考えています。
今回がブログの初投稿ということで、まずは簡単に私の自己紹介をしたいと思います。
フィリピンに来た理由
私がはじめてフィリピンに来たのは、2017年でした。
今年で在住6年目となりました。
私はフィリピンに来るまでこの国については何も知りませんでした。
そのため、漠然と『貧困』というイメージしかなく、スラムやストリートチルドレンがいたるところにいる風景を想像していました。
今となっては、想像よりも遥かに発展しているマニラ首都圏(NCR)に驚いたのが懐かしい思い出です。
さて、私がフィリピンに来た理由ですが、結論から言いますと『成り行き』でフィリピンに来ることになりました。
私には双子の弟がいるのですが、彼が元々フィリピンの日系企業で管理職として働いていました。
しかし、彼が病気になり体調を壊したため、弟をサポートするためにフィリピンにきたのが理由です。
私はフィリピンに来る前は消防士として、日本で約6年間働いていました。
退職の旨を上司に相談した際には、親身になって相談に乗ってくれました。しかし、最終的には説得を振り切るような形で退職することになり、その足でフィリピンに来ました。
今でも日本の災害ニュースなどを見ると、日本で頑張っている彼らの姿を思い出します。今はもう昔の仲間とも連絡を取ることも無くなりましたが、今でも彼らの仲間であったことを誇りに思っています。
そんな事前知識無しでフィリピンに来た私ですが、当時の私を思い出してみたいと思います。
✔︎とても感情的
これは日本が特別だと思いますが、初めて海外に来た私からするとみんな自分の感情を相手にストレートに伝えることにビックリしました。
✔︎レディファースト
フィリピンでは、バレンタインは男性から女性にプレゼントをしますし、レディファーストの国です。
✔︎想像以上に発展していた
私の住んでいるマニラ首都圏は高層ビルが立ち並び、規模は小さいですが、私の持っていたイメージは一瞬で消え去りました。
レディファーストで私の体験談は、フィリピンに来てすぐに女性とレストランに行く機会があったのですが、ドアを開けて私が最初に入店すると「普通女性を先にエスコートするでしょう?あなたみたいな人初めて見た!」と怒られたことを今でも覚えています。(笑)
しかし、男性を立てるという文化もあるので、お互いにリスペクトを持っているなと感じています。
フィリピンでデジタルマーケティングスタッフとして就職
知識ゼロからのスタート
元公務員なので、全くマーケティングのスキルを持っていませんでした。また、初めての民間企業での就職が海外ということで、覚えることしかありませんでした。
・ビジネススキルがない
・フィリピンと日本の文化ギャップ
そんな使い物にならない私を採用してくれた経営者には今でも感謝しています。
しかし、私はこれまでの経験から「自分が最速でスキルアップする方法」を知っていました。
それはただ、ひたすら自分で情報を収集する。
私は孫子の兵法書が好きで、要約書を何度も読んだのですが、その中にある
『彼を知り己を知れば百戦殆からず』
という言葉をリスペクトしていました。
まずは、とりあえず情報収集を行う。
その中から、どの情報が本当に自分にとって有益なのか?自分に合っているのか?
情報を精査して、必要な情報のみをインプットする。これを繰り返し実践しました。
日々の成長は自分でも気付かないぐらい小さなものです。
消防士の時にも毎日訓練しても全く成長していない自分によく苛立ちを覚えていました。
しかし、ある時をきっかけにしてグッと伸びる瞬間が訪れます。
その時を信じて、毎日コツコツやることしか私は成功への道はないと考えています。
しかし、人は一人では絶対に成長できません。
次は私のこれまでのビジネス経験についてお話したいと思います。
フィリピンでのビジネス経験
私が知識ゼロから、こうして未成熟ですが企業を経営できているのは以下の要因があったからだと思います。
・消防士時代に経験した企業文化
・私についてきてくれたフィリピン人スタッフ
・あるカナダ人ビジネスマンとの出会い
・支えてくれるwife
消防士時代に経験した企業文化
私は大学生の頃、ほぼ遊んでいた記憶しかない親不孝者です。
そんな私が消防士になってからの訓練はとてもしんどいものでした。
消防学校時代は毎日生まれたばかりの小鹿になっていましたし、日々の訓練もしんどかったのを覚えています。上司もとても厳しかったです。
しかし、消防士が向かうのは『命』に直結した現場です。そして、失敗は患者、要救助者、そして、部下の『死』に繋がります。
なので、彼らの責任は計り知れないものがありました。
また、一番辛かったのは体力ではなく、精神的な消耗です。
私も色々な悲惨な現場を見てきました。
しかし、私は良い上司に恵まれたので、厳しいながらも精神面のケアも行ってくれました。
消防士は退職後も守秘義務があるので、あまり多くを語ることはできませんが、今になって良いリーダー、良いマネージャーのお手本を間近で見ていたのは私にとって貴重な経験となっています。
私についてきてくれたフィリピン人スタッフ
私がマネージャーに昇任してから、ある日本人マネージャーと価値観の違いについて対立する場面がありました。
当時、私が入社してから感じていたのは、日本人とフィリピン人の間にある大きな壁です。
『日本人マネージャーの言うことは絶対』という風潮を私はどうしても受け入れられなかったのです。
また、気に入られたフィリピン人スタッフだけが特別扱いされる文化があったので、そうなってくると、健全なビジネスはできなくなってしまいます。
そして、私はそのマネージャーと対立することになったのですが、その時にどちらに付くかで会社が真っ二つに割れてしまいました。
状況的に見て、私に付くメリットは少なかったにも関わらず、数名のフィリピン人スタッフは私を支持してくれました。
その時のスタッフもそれから色々なことがあり、いなくなってしまった人もいますが、今でも一緒に仕事をしているスタッフがいます。
私は自分のビジョンやバリューが必ずしも正しいとは思いませんが、彼らのために良い企業文化をこれからも作っていきたいなと考えています。
また、説法できるような人間ではないのですが、私の大切にしている言葉に『罪を憎んで人を憎まず』という言葉があります。
もし、人を憎んでしまえば、その人が死ぬまでその憎しみは消えないでしょう。
なので、私は人を憎まないようにしています。その時はすっごくムカつくのですが。(笑)
あるカナダ人ビジネスマンとの出会い
私の今があるのは彼の影響が最も大きいです。
きっかけは偶然知り合いから紹介されたのですが、彼はカナダ人で、世界各国の大企業でマネージャーを歴任したことのある『The Businessman』でした。
そんな彼がフィリピンに来てまだすぐの頃に私たちは出会い、当時、彼は別の企業のコンサルタントとして働く予定だったのですが、なぜか私のビジョンに共感してくれて、私のアシスタントとして働いてくれることになりました。
当時の私に圧倒的に足りていなかったのは、現場での実戦経験です。その点、彼は長年大企業のマネージャー経験があるので、ビジネスのすべてを彼から叩き込まれたと言っても過言ではありません。
リサーチ、マーケティング戦略、ビジネスプラン、オペレーション、企業評価、すべてを彼から学びました。
そのため、私は英語では理解できるビジネス単語を日本語で何と表現すればいいのか分からない単語もあります。
ビジネスは気持ちだけではどうにもなりません。
知識(Knowledge)、スキル(Skills)、行動(Behavior)、態度(Attitude)などの具体的な指標がパフォーマンスに確実に繋がります。
これは、私がフィリピンでビジネスを実際に経験して理解したことです。
そんな彼は今でもVice Presidentとして、私の右腕として実際にオペレーションをしてくれています。
そして、彼から『経営の本質』を学びました。
やはり、公務員と民間企業では絶対的に違う価値観があります。
これは、一言では言い表せません。
また、国によっても文化やビジネススタイルは全く異なります。
彼もカナダで兵役を経験しているので、私と同じ公務員の経験もあります。しかし、私たちはその両側面を知っているからこそ、双方のより良い箇所をミックスした企業文化を作ろうとしています。
支えてくれるwife
私はフィリピンに来てから彼女と出会い結婚しました。
彼女は日本人とイギリス人のハーフですが、日本語、英語が話せます。
また、『wife』としたのは日本では女性配偶者の呼び方で炎上しているのを見たので、wifeを使っています。英語って便利!
今となってはThe Japanese英語の発音ですが、英語のスキルもアップしました。
しかし、彼女と出会った当時は英語が話せない私と他の人のコミュニケーションをいつもサポートしてもらいました。
彼女のサポートがなければ私はおそらくギブアップしていたと思います。
さて、色々と書き連ねましたが、結局、『私が経営者になれた要因』はといいますと、
「おいおい、そんなことかよ」と言われると思いますが、
私が経営者でいられるのは、周りの優秀なマネージャーやスタッフが組織を作ってくれているからです。
私がカナダ人副社長と最初に行ったことは、お互いのビジョン、ゴールを共有したことです。
そして、ビジネスでは『目的』『ビジョン』『ミッション』『バリュー』を明確に設定し、全スタッフに共有しました。
いざ、ビジネスをスタートする時にこれらを明確にすることは最も重要なタスクです。
なぜなら、これは会社の明確な地図となり、方向性が異なった時にそれをいち早く発見する判断材料となるからです。
今後、具体的なビジネスなどについてはブログで皆様にお伝えできれば幸いです。
まとめ
コロナウイルス問題が発生してから、労働ビザを持たない外国人がフィリピンに入国するのは難しくなりました。
また、私がそうであったように、日本人のほとんどの方はビジネス英語レベルではないと思います。
フィリピンのビジネスはすべて英語なので、英語はマストのスキルとなります。
しかし、英語スキルを習得するには日進月歩で時間がとてもかかります。
しかし、このブログを見て下さる方はフィリピンに少しでも興味を持ってくれている方々だと思います。
私はそんな方のために、まだまだ未熟ですが、私が実際に体験したフィリピンでのビジネス、そして、フィリピンの法律などを記事にできればと考えています。
最後まで読んでいただきありがとうございます。